職種名/屋根職



川崎屋根組合の主な記録

 川崎屋根組合が、今日に至るまでにはいろいろの遍歴がありました、簡単に記します。

 昭和20(1945)年8月終戦。市内の戦災復興が盛んな頃、昭和24(1949)年5月、数名の業者が発起人となり「川崎屋根工業組合」創立、初代理事長に小林武人氏、定款作成、組合員15名でした。

 昭和34(1959)年4月、隣の鶴見瓦組合と工事上のトラブルを避ける為、双方協議の上合併「川崎鶴見屋根工業組合」と改称、理事長に鶴見の成田甚氏、組織は川崎・鶴見・中原北部の4支部で、組合員60名、35年以降年の経過と共に理事長も小林・石井の各氏が歴任。

 昭和43(1968)年4月「神奈川県瓦屋根工業組合」創立、加入、組合構成は横浜・横須賀・湘南湘北・西湘・川鶴組合の6組合で参画。また、33(1958)年に、職業訓練法が施行され、技能の修得をさせるには、「職業訓練指導員」の免許の取得が必要、47年に全日本瓦工事業連盟創立県連加入、業界も全国組織、略称「全瓦連」。県連合会は、組合員の技能の向上と社会的地位の向上を図り、また後継者の育成のため労働省と、諸省庁の指導により、国家試験の技能検定・かわらぶき1級・2級技能士試験を実施、実技試験に協力、組合から多数の合格者を出し第 回以降も毎年実施しています。理事長も吉田・藤・上原の各氏がなられた。
 同47年11月、伊藤川崎市長より、技能職者の表彰制度開始技能功労者100名が受賞、以降功労・優秀・青年 の表彰が毎年実施される。

翌48年10月「川崎市技能職団体連絡協議会」設立される。初代会長は川連の相川誉氏。
昭和52(1977)年9月全瓦連が関係省庁の指導で「社団法人全日本瓦工事業連盟」と改称する。
同52年3月神奈川県技能士会連合会に加入。
昭和55(1980)年11月組合創立30周年記念式典を鶴見の菅原会館で来賓多数、組合員73名の出席。 昭和57(1982)年第一回全国技能グランプリ実施。
同58年第2回実施、神奈川県代表かわらぶき1級技能士、湘南の岡崎氏第4位に入賞。

同59年3月、川鶴組合より鶴見支部が分離し県連合会に加入、昔の「川崎屋根工業組合」と改称、理事長は北部の大黒ーニを選出する川崎・中原・北部三支部組合員計73名になりました。

また、平成16(2004)年には三支部が合併して今現在の川崎屋根組合となりました。
当初の組合員は10名でしたが現在は7名になりました。
 今の組合活動は不定期ですが、てくのかわさきで定例会を開催して、お互いの情報交換や瓦組合主催の講習会などに積極的に参加しています。
近年、自然災害は温暖化もあり台風や地震もスケールが大きくなり、ガイドラインエ法などの対策なども話し合っています。
また、悪質な訪問販売も多々あります。瓦が浮いてます、落ちそうだと直に工事をした方が良いと言われたなどといった問合せが良くありますので地道に通知(周知)活動もしています。

 年々瓦葺職人さんが減少している状況です。
 1人でも多く職人さんを育てる為には職場環境を良くして行かなければなりません。
 これも私たちの使命だと思います。

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